にわかtop  目次  自己紹介  河内にわかについて
 1
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 1-1
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 1-3
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 1-4-1
  祭 にわか
 1-4-2
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 1-5
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 1-6
五七五 1-7  俳諧 1-8   川柳 1-9  にわかの要素
 1-10
句作り 1-11  例句 1-12

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 「河内にわか」について
 
戦国時代が終わりを告げる頃、豊臣秀吉の天下統一で大坂に築城が始まり、
 首都たるべき年が形成され、長く続いた戦争で室町時代からの商人は
 立ち回りよく政商となって大坂に集まり、室町文化を継承していたのです。
  御朱印貿易も盛んとなり堺や平野が栄え、泉州、河内は都市大坂を支える為の
 農業工業が必然的に発生し、物資輸送の交通網が河川の利用で広がり
 河内平野は人の往来も激しくなっていったのであります。
 農業生産品から加工業も広がり大阪城下の問屋街との接触から、文化面も
 伝播してゆきつつあって、大都市になるにつけ人の往来が盛んになり
 流行するものも多方面に渡ったのです。
  大坂冬の陣、夏の陣中、城下から商人町人は疎開して和泉、河内、大和に
 居を構えていたらしく、その後も近在の村々と商家は結びつき使用人雇い入れや
 普請時の手伝い、加工品の下職依頼、天災、人災等の復旧援助等で
 相互扶助を続けてきたようです。
 そんな中、読み書き算術などの手習い事、行儀作法の普及と同時に、連歌の
 たしなみが流行し、城下への物売りまでもが洒落た文句を使うようになったり、
 大坂特有の「言葉の遊び」が出来、豊公贔負も手伝って『そろりしざえもん
 とんち話』を生んだりした。進んで『なぞかけはなし』『落しばなし』の
 創作で競ったり、俄ばなしでかけ合いをするなど、今の落語、漫才の
 元になる物が出現したのです。
  日頃の会話で機知、才覚、洒落の言葉遊戯。忠告、言い訳、用心、説教の
 生活格言。商売上の呼びかけ、説明、能書き、売り込み言葉にまで七五語調で
 まとめて。掛詞があり、本歌取りがあり、穿ちがあり、納得があり、
 反省がある日常語で連歌の発句や付け句を真似たものでした。
 のちに俳諧や川柳と呼ばれるようになります。今の俳句より
 庶民に身近なものであったといえましょう。
 七五調は芝居の台詞にもなり、日常会話にさらりと機知に富んで使用されるのが
 「突っ込み」、うけてとぼけ返すのが「ぼけ」と大阪人会話の特徴とも言えます。
 河内の旧家の蔵中から、杉原紙に書かれた絵と句がでて参りました。
 それには作風の流れなど決まりがあって、収集や整理を行い
 これからの研究を待ちたいとおもいます。
  「河内にわか・楽画落句」と称して、古き河内人の文芸を
 復興してゆきたいと思っております。
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