にわかtop  目次  自己紹介  河内にわかについて
 1
  神代の時代
 1-1
 室町時代
 1-2
 秀吉の頃
 1-3
 祭 にわか
 1-4-1
  祭 にわか
 1-4-2
  カルタ
 1-5
  にわか 噺
 1-6
五七五 1-7  俳諧 1-8   川柳 1-9  にわかの要素
 1-10
句作り 1-11  例句 1-12

1-6

にわか 噺

 言葉は古くからあるものといえども、昨今の『流行語大賞』『新語造語』と
言われるようなことは昔からあったことで、相手が解り理解できれば通用してゆくもので、
一つの言葉が分かれたり、省略されたり、縮められたり、二つの言葉がくっついて
別の意味を持つ単語になったりすることは何時の時代においてもあることでした。
 流通語として認められると独り歩きして社会環境に応じながら意味も
固定化し日本語となってきています。
 日常語の多くは口語的に使用し易いものであって、基本的には
和語と言われる日本古来の言葉で、沖縄等で現在使用されている言葉などから
推し量ることが出来、地名や山川の名称、動植物自然物の名前、道具、
身近な物の名、動作に関する呼び名は発生時から発声し、中国からの文化
文物も同時入荷し定着してゆき現在でも
漢語的な単語も多く残され使用されております。
 現在は時代時代での外来語が文物とともに入り同化してきたので、
古くは室町時代の新語が生存しているかと思われます。
 中国以外の国の文物到来で室町時代後期頃にはキリスト教の西欧宗教が
入ったことが大きく、後、鎖国が続いたこともあって外来語よりも、
定着した町人の市・座・店等で和語の新語が大いに出現し、言葉伝播に
欠かせない多種の文芸発達で広まることになり、太閤秀吉の大坂時代
(安土桃山時代)には、世直しムードのバブル期で語り芸から話芸が出来、
信仰の世界も偽政者の援助を得て祭りの復興、風流の競い合い、今残る文化的な
ものありとあらゆるものがこの頃に生み出されて基礎を作り、新しく文化の
担い手に町人商人が首を出すことになってきたのです。
 成り上がり武士に対して、室町幕府に出入りして幕府を支えて文化の
手伝いをしてきたのは京都の商人で、戦国大名もそれら商人を敵できず
我が城下を造成するにしても商人の力無くては町造りが出来なかったのです。
 その頃の新語と言えば…スキ(数寄)からイキ(粋)とスイ(粋)
カブキ(冠木)ダテ(伊達) オトギ トンチ ニワカ ワビ サビ ヤボ
掴みえない、目に定かに見えないものに対する名称がやたらと増えてきて、
死に対する生の歓喜、能から狂言、連歌から俳諧と変化する時代。
 人間としての新しい心理上の言葉を造るようになってきたのであって
そこに見いだせるのは平和的な『笑』いが第一義であったと思うのです。


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