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 1-10
句作り 1-11  例句 1-12

1-5

カルタ (歌留多) ポルトガル語の札、カード

 歌加留多と言えば『小倉百人一首』の事を指すが、何時の頃から
そうなったかと言うと諸説があって、平安時代の『貝合わせ』から板絵の札遊びと
発展し、トランプの日本版『花札』の出現や、今は継承なく残存していない
絵札を使っての遊びがあったようだが一時的なものであって
保存すべきものでなかったと考えられます。
 俗に言う『庭歌留多』で板に金言格言など教訓めいた単語が書かれて、
文字覚えの為の取り札があったようで、それが紙芝居のように扱われたりして、
子供達への識字教育となっていたようにも言われています。
 『いろは加留多』がその後出現して、「座敷かるた」となって広まり
江戸が先か上方が先かこれも諸説あって、流行というか伝播して
日本国中に広がり江戸上方を基本としたものが流れを組みながら、
その土地に似つかわしい文句に変わるものもあります。
 『犬棒かるた』……(い)ぬも歩けば棒にあたる
 から始まって(ん)まで、絵札(取り札)と文字札(読み札)が出来、
子供達の遊びとしては長く伝承されてきたもので、それを元にして自己流
(自家用)のかるたを作ろうとした好事家が出て、「歌加留多」に対して
『仁和加留多』等と称して絵札だけの板や板紙を作って付句の稽古につかったり、
七七の下句(歌カルタの取り札利用もあり)を読んで上句(五七五)を作る
「前句付け」の練習に使用したことが知られています。
 今で言えば『大喜利』の謎掛遊びの様なものであったかと想像するのですが、
テレビ・ラジオの無い時代、ハレの日の寄り合いなどで集まるとき音曲が出て
元歌小唄で物語的に替え歌が作られて、即興作詞で「甚句」が
生まれる事になります。
 それ等は参加する者が代わる代わる謡い、連歌的な要素を持ち、それでいて
機知に富んだ内容のまとまりで優劣が決まったり、良き詞が語り継がれて、
甚句、おけさ、追分、民謡、果ては花街で小唄、都々逸、新内、端唄として
残してきたもので、その根底には即興で、粋で、おかしみがあって、
誰もが取り込み易く、覚えやすくリズミカルなもので、DNA的な言葉の使い、
五七五が基本となっていると言えるでしょう。
 そして俳諧とにわかは最も短詩として残り、前者は「季節」を詠い
後者は「人間」を詠った。文芸的なものと余興的なものであると
決めつけられないが後者は誰でもが参画して、絵馬や引き札、辻行燈
遊び興じたに違いありません。


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